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神宮寺の家【1】 <販売中>

2019.11.12

【民家再生】

画像をクリックし、拡大画像をご覧いただけます。































長野県 諏訪大社の前宮から本宮へと向かう、通称「御柱(おんばしら)街道」の途中に、旧杖突峠の道標があります。

 

その道標がある角地に、昔、旅館茶屋を営んだ屋号「森田屋」さんの庭園と蔵が今も残っています。この「森田屋」さん、実はかつて諏訪大社の神職の長である神長官家、守矢氏の分家にあたる家系です。

今を遡ること9年前の平成22年8月に、庭園と、敷地内に残る石碑(守矢翁頌徳碑)、そして蔵を再生することを条件に、田空間工作所が譲り受けました。

 

まず取りかかったのは、庭園の手入れ、井戸の復元を時間を掛けて少しずつ行ってきました。

そして、皆さんにご覧いただけるように、石碑を庭から御柱街道沿いに移して設置しました。

ひとまずは、庭の植栽と石積み等で、諏訪大社界隈を散策される皆さんに、ちょっと興味を持っていただける空間に

なったのではないかと自負しています!

 

そして今年令和元年に、蔵の再生を始めました。

当初8月末の完成予定でしたが、外構にも再び手を加え11月24日に完成しました。

 

 

 

少し暗い蔵の中で、ゆっくり庭を見ながらお茶をいただく。

 

この環境とロケーションを利用して、小住宅や別荘はもちろん、店舗をお考えの方にお譲りできればと思っています。

店舗でも住宅でも落ち着く空間になると思います。

 

随時見学できますので、是非ご一報ください。

 

 

 

【追記】

 

①旧杖突峠について

 古くは延暦20年(783年)坂上田村麿東征の時、この峠道を通って諏訪大社入りをしたと言われています。

 また、天正10年3月(1582年)武田征伐を終えた織田信長一行が、峠道を通って上社の隣にある法華寺に入場し、

 14日間滞在しました。その滞在中に征伐の論功業賞を行った際、光秀の発言に激怒した信長は

 名だたる大勢の武将の前で明智光秀を殴打し、これが2か月後に起こる「本能寺の変」の原因となった

 と言われています。

 

 

②石碑について  守矢弥平治翁頌徳碑(大正4年12月3日除幕)

 撰文:小川平吉(元衆議院議員) 額・書:中村不折(洋画家・書道家) 石工:北原寿雄(現在(有)石柳北原)

 

 

③母屋について  

 道路拡張につき、今は解体されてありませんが、街道に面して母屋がありました。

 その母屋で、昭和元年申年の御柱祭では、時の犬飼毅(元総理大臣)・小川平吉・守矢一太郎(守矢家当主)

 が一同に会し御柱を観覧しました。(※ 「家記考」守矢日出男 著 の記録より)

仕事プロフィール
◎名称 :神宮寺の家【1】
◎所在地 :長野県諏訪市
◎竣工年月 :令和元年11月
◎土地・建物 :木造2階建
◎延べ床面積 :78.11㎡(23.62坪)
◎宅地面積 :519.3㎡(157.1坪)
◎ライフライン :公共上下水道・プロパンガス・中部電力

 

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